エンタープライズAI推進リーダーが語った、AI活用の現在地
Weights & Biases では、本年も東京およびソウルにて3回目となるエグゼクティブ向けラウンドテーブルを開催しました。本稿では当イベントのハイライトをご紹介します
イベント概要
イベント名:VIP Roundtable for AI Executives Tokyo, 2025
開催日時:2025年6月26日(木)午後
会場:麻布台ヒルズ34階 Hills House Sky Room
参加者:国内大企業のAI推進ご担当エグゼクティブ45名(招待制)
本イベントの目的
生成AIの進化が加速するなか、関心は「実験」から「実装」へと移行。真に問われているのは、ビジネス価値とROIをいかに創出するかではないでしょうか。技術面ではプロトタイプと本番システムの隔たりを埋め、戦略面では新たなビジネスモデル構築が求められています。国内外の最前線にいるリーダーが一堂に会し、次世代AIの真価を引き出すための組織体制と戦略的投資について対話を深めました。
生成AIが経済インパクトを生み出すのに必要な開発環境とは
本イベントは、NVIDIAのエンタープライズ事業本部事業本部長である、井﨑 武士氏のオープニングトークで開幕しました。
年間4.4兆ドルと試算される生成AIの世界経済への影響は、既にコーディング・半導体設計・ライフサイエンス・クリエイティブ分野など、さまざまな業界で顕在化し始めています。特に井﨑氏は、分子スクリーニングや医療文書の自動生成、映像のリップシンク、仮想空間での広告制作などの先端事例を挙げました。
生成AIがより複雑な課題解決を可能にするために、これまでモデル学習タイミングでの計算量に重点を置いてきたのAI開発パラダイムには需要な変化が起きています。リーズニングモデルやテストタイムスケーリングのように、推論中に反復的な思考を行う手法が注目されポストトレーニングにおける計算スケーリングのウェイトが増えています。
井﨑氏は最後にNVIDIAが先端開発を支えるための様々なソフトウェア開発環境を提供していることに触れ、Weights & Biasesとの連携が、より強力なアプリケーション開発環境の構築につながることに期待を示しました。
エンタープライズAI導入の実践知
Cohere CTOのSaurabh Baji氏は「生成AIで企業のROIを最大化する:実践からの学び」と題し、導入現場でのベストプラクティスや、スケーラブルなROI実現のための技術戦略を解説。「大きく考え、小さく始める」「独自の評価指標を持つ」「自社データの活用」の3つが重要と語り、日本市場では2023年がPoC(概念実証)の年、2024年は本格導入の年と位置付けられ、特に金融や医療など規制産業での実運用が進んでいます。
Cohereは、トランスフォーマーの基礎となる論文「Attention is All You Need」の共著者であるエイダン・ゴメス氏により設立され、エンタープライズ向けに特化した生成AIモデルを開発しています。CTOのSaurabh氏は精度の高い基盤モデルからエージェント開発フレームワークまでを包含するエンタープライズ製品群を紹介したのちに企業が生成AIのROIを最大化するために重要な3つの要素として、以下を挙げました:
大きく考え、小さく始める:最初から完璧を目指すのではなく、実用的な範囲からスモールスタートすること。
評価・評価・評価:パフォーマンス、安全性、信頼性の観点で、何をもって成功とするかを明確にし、評価すること。
データの活用:企業固有のデータを「秘伝のタレ」と捉え、プライバシーと品質を最優先に適切に活用すること。
そして、エージェント開発においては評価と検証、ツール管理の重要性がより高まるとしました。特に、1つのアウトプットの生成に何回もモデルが呼ばれるような複雑なワークフローではたとえ精度が99%のモデルでも、20ステップ後にはエラー率が18%になることを指摘し、多くの参加者が課題の大きさを認識しました。
社内の全領域がAI-Native化のために動いている
メルカリCTO木村俊也氏には「AI-Native企業実現のための技術戦略」と題して、メルカリで行ってきたAI/LLM戦略の軌跡をご紹介いただきました。2023年5月という早いタイミングでAI/LLM専任チームを発足させ、既にメルカリサービスにおいて幅広いLLMの活用を成功させています。例えば「AI出品サポート」は、写真を撮ってカテゴリーを選ぶだけで、詳細な出品情報が自動作成され、多くの出品者に利用されています。LLM機能をプロダクション展開するには数多くの実験を比較検討する必要性の重要性を訴え、その中でW&Bが重要な役割を担っていることもご紹介いただきました。
しかし、「これではまだ足りない」、という強い思いから、エンジニアだけでなく全社的にAIを活用する「AI-Nativeカンパニー」への変革を目指しています。今年、AI Task Forceチームを発足し、社内の25職種全てが例外なくAI革新の対象になりました。「一部だけを最適化しても、他の部分がボトルネックになっては意味がない」という考えのもと、CEOとCTOが指揮をとり、AIの専門家と一緒に自分たちの仕事を見直し、AIソリューションの導入を進めています。トップダウンで「全社で本気で取り組む」とメッセージを発信したことで、現場が大きく動き出し、エンジニアチームにおいては「AI以外のコーディングを1週間禁止する」というイベントを行うチームまで現れ、AIコードアシストはほぼ全てのエンジニアが活用しています。また、自然言語の指示でUIが自動生成される社内ツール「PJオーロラ」や自然言語で問い合わせればBigQueryからデータを取得・分析してくれる社内エージェント「PJソクラテス」などの開発も進んでおり、全社的なデータの民主化を進めています。
木村様のご講演はAIネイティブカンパニーへの道をまっしぐらに進む先端事例として、参加者に強いインパクトを残しました。
パネルディスカッション:「生成AIを通じたインパクト創出に向けて」
本イベント恒例のパネルディスカッションは、BCGパートナーの中川正洋氏のモデレートのもと、富士通の岡田英人氏、みずほフィナンシャルグループの藤井達人氏、電通デジタルの山本覚氏が議論を交わしました。
冒頭中川氏は、BCGの調査結果として各国企業のAIへの投資意欲の比較を示しました。それによると日本企業の約半数が2025年に35億円以上の投資を予定しており、調査対象国の中でも最も積極的な姿勢が明るみに出ました。
パネルディスカッションにおいても現時点では生成AIを「恐る恐る使っている段階」(岡田氏)としながらも、全ての登壇者が慎重ながらも建設的な実装意欲を示し、どうやってボトルネックを解消できるのか、に議論が集まりました。特にトップダウンで企業全体のマインドセットを変え、AI化の対象となる業務を明確に設計することが重要(山本氏・岡田氏)との意見が共有されました。
また、汎用的なLLMの限界に言及した藤井氏は、金融業界に特化したAIを構築する上での最大の課題として、銀行員の頭の中にある「暗黙知」をいかに形式知化するか、そして法制度との整合性をどう確保するかを挙げ、それらを「戦い」と表現しました。一方で、ChatGPTのような生成AIは金融ライセンスを持たないにもかかわらず、すでに多くのユーザーの資産運用相談に対応しているという実情にも触れ、会場からは多くの共感の声が上がりました。
AIエージェントが業務の多くを肩代わりしていくという期待値は全パネリストが共有していた一方で、汎用的AIと自社がどう差別化して勝っていくのか、という課題意識に対しては、「お客様が安心して相談できるAIの構築」(藤井氏)や「顧客に対する結果へのコミットメントを示すこと」(山本氏)そして「特定の領域に特化したモデルを作る」(岡田氏)と三様の意見で締め括られました。
総括と今後の展望
汎用的な生成AIモデルが持つ革命的な可能性については誰もが認めるところですが、エンタープライズ領域においては、「いずれAIが自然と解決してくれるだろう」という受動的な姿勢では、導入は前に進まないということが今回の議論を通じて明確になりました。
実際には、トップダウンによる明確な意思決定、優先課題の明確化、法制度との整合性の確保、安全なサービスの提供、そして競合に先駆けて具現化していく戦略的意志が不可欠です。つまり、「この課題をAIでどう解決できるか、自ら考え抜くこと」が、AIを企業にとって真の競争力につなげ、実装の成否を分ける鍵となっています。
現在、多くの企業がAIの具体的な活用方法を模索する中で、「AIエンジニア」という新しい職種も登場しています。AIエンジニアリングは、プロトタイピング、改善、デプロイ、モニタリング、最適化といった非線形のサイクルを繰り返しながら、AIを現場へと実装していく取り組みです。
多くのプロジェクトがPoCの段階で止まっている中、Weights & Biasesでは、これからもAIの実運用化に不可欠な基盤技術を提供することで、企業の価値創出の実現を支援する機会を、今後ますます広げていきます。
後日談、異なる視点から議論が進んだ韓国イベント
本イベントは、翌週に韓国のソウルでも実施され、同様のフォーマットで韓国を代表するAI開発企業や、先進的なAI活用で知られるエンタープライズのエグゼクティブが参加しました。
韓国においてもAIは国家的最重要戦略テーマの1つであり、また生成AIモデルの開発企業も技術水準の高い企業が多数存在しています。
一方で韓国イベントのパネルディスカッションにおいては日本での議論よりも慎重な意見が多く見られました。対象課題に関しては、既に自動化されている、コストに見合った価値が出せない、人間的な価値を切り離せないなどの理由から、AIを適用することでむしろ企業価値がマイナスになるようなケースもあり、慎重に見極める必要があるといいう意見が複数の登壇者から出たことが印象的でした。
また「各社の事業に特化した専門的課題にAIを適用すると、専門家からの品質要求と実際のAIの性能とのギャップに苦しむ」ことになり、「期待値に正面から応えようとすると、今度は大幅な遅延が生じる」といったジレンマを口にするパネリストには共感が集まりました。実際にデプロイした経験からも、現場での活用を進めるためには「モデルだけではなくインフラへの適用、業務への統合、UXの設計などの細部も重要になる」ため、自社業務に応じて、AIアプリケーションを「育てる」ことが必要、との意見は示唆に富んでいました。







